doronokisyaどろの木通信   本文へジャンプ
 平和を願いアンネのバラをお分けしています。 
 20年前に分けてもらって育てはじめました。 
  アンネのバラを分けて、平和を守ろうとする運動をすすめられていた傳田紀昭さん(長野市在住、元長野県教職員組合執行委員長)から、分けてもらったのが、1993年。それから、岩下のところで挿し芽でふえたバラが、年に数鉢ずつ広がっています。

 
 アンネのばらとは?
 アンネのバラはベルギーの園芸家が、アンネ・フランクの思い出のためにと、アンネの父、オットー・フランク氏に贈った愛らしい四季咲きのバラです。蕾のときは赤く、開くにつれオレンジからピンクに変わります。
 1971年京都のクリスチャンの合唱団がイスラエル演奏旅行中にフランク氏と偶然出会い、その後の交流と友情の証として翌年のクリスマスに、フランク氏から京都の嵯峨野教会に10本のバラの苗が贈られました。その1本が翌年の春、奇跡的に花を咲かせたのが日本でのアンネのバラの起源です。
 アンネのバラはその後、接ぎ木で増やされ、全国の教会、学校、平和施設等に送られています。
                                     (「アンネのバラ友の会・埼玉」のホームページから)

   四季を通じてすばらしい花が楽しめます

 春のつぼみは赤く、咲き始めると、オレンジ色に。写真をご覧ください。開花後は次々と色が変化していきます。そして、晩秋の花まで、長く楽しませてくれるすばらしい花です。
 
アンネ・フランクの生涯を考え 「平和」をお分けします
 
 美智子は、朝鮮半島で敗戦の混乱の中で生まれました。翌年5月徒歩と貨物列車で脱出、足手まといの子どもは捨てられたり殺されたりする中を、日本に帰ってきました。
 和は、47年生まれ。父親はインドネシア・ジャワ島で敗戦を迎えました。引き揚げ船に乗る前日にマラリアで発熱。ところが、乗船するはずだった船は途中で機雷に触れ、爆沈。「マラリア蚊にもらった命」に、「戦争はもうこりごり」という意味で「和」と名づけられました。
 そんな自分史から、アンネのバラを育て、お分けしてきました

             今年、お分けできるのは10鉢。先着順にお分けします。 
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